風の旅人 - さすらい人のつぶやき

スナフキンのように飄々と生きています

絵画に込められた物語

 

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プロセルピナ

上の3枚の絵を見てほしい。とても美しい女性が描かれています。想像がつくと思いますが、一人の女性を描いたものです。ですが実際にはこの絵には二人の女性が重なっているのです。さらにこの絵を描いた画家に関係するある絵が、さらに別の二人の人生を描いています。絵画はそのものの美しさだけではなく、その絵のテーマとそれをめぐる人間関係によって、複雑な感情を我々に呼び起こしてくれるのです。


プロセルピナと ジェーン・バーデン

3枚の絵はローマ審査に登場する春の女神、別名冥府の女王と呼ばれるプロセルピナを描いたものです。詳細はここでは触れませんが、彼女は一年のうち6か月を愛するアドニスのために地上で、残り6が月を夫であるプルートのため地下で暮らすことを運命づけられます。この原因の一つとなっているのが彼女の持っているザクロです。美しい中にも全体に愁いをたたえているのはそんな彼女の過酷な運命がにじみ出ているからでしょう。

先にも書いた通りこの絵に絡んでもう一人の女性が登場します。この絵の実際のモデルとなったジェーン・バーデンという女性です。彼女にはウィリアム・モリスというイギリスの詩人かつデザイナーという肩書をもつ多彩な男性を夫がいました。ところが彼女には以前から心に想う男性がいたのです。それがこの絵を描いた画家、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティなのです。

結婚する以前から二人はモデルと画家という関係を通して知り合っており、ずっと相思相愛だったようです。驚くべきはこの事実を知ったバーデンの夫のモリスのとった行動です。彼はなんと二人の関係を受け入れ、恋人のロセッティと、夫のモリスの双方に愛情を持つことをバーデンに許したのです。

絵画を通してその絵に描かれている女性プロセルピナと、その絵のモデルとなった女性バーデンの二人の女性の人生が重なり合っているのです。

 

画家ロセッティ

3枚の絵を描いたロセッティという画家はどんな画家だったのでしょう。彼はイギリス人のラファエル前派の創設者の一人で、画家としてだけではなく詩人としても評価されています。さらに室内装飾を手掛けるモリス商会というデザイナーを中心とした組織にも属していました。モリス商会・・・そうジェーン・バーデンの夫ウィリアム・モリスが中心となって興した組織です。ロセッティはモリスと互いに芸術家として認め合い、そして友人でもありました。

端正な容姿をもつロセッティは多くの画家同様女性に人気がありました。そんな中自分の絵画のモデルとなったジェーン・バーデンと恋仲になったのです。しかも友人の妻でとなった女性とです。彼らが知り合うのはバーデンが結婚する前のことです。自分が思いを寄せていた女性が自分の友人と結婚し、それでもあきらめきれずその女性と愛を分かち合う。しかも彼女の夫兼友人の許しの元、彼女との関係を続けてしまう。ロセッティの気持ちはどのようなものだったのでしょう。

彼は上にあげた3枚のプロセピナにとどまらず、一生のうちに18版のロセッティを描いています。


もう一枚の絵

プロセルピナからバーデン、そいてロセッティへと続く因果はこれだけにとどまりません。ロセッティには妻がいました。バーデンに想いを寄せていたころにはなんと婚約者がいたのです。そしてバーデンがモリスに嫁いだ後、その婚約者と結婚しています。その名はエリザベス・シダル。彼女もまた画家のモデルを務めていました。そのモデルとして代表的な絵が、あのミレーのオフェーリアです。

 

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ミレーの名作「オフェーリア」

 

この絵でミレーはシダルを実際の水の中につからせ、リアルな状況を再現しています。シダルはもともと病弱であったらしく、このモデルのあと体を壊したらしいのです。さらに夫の他の女性との関係(このときの相手はバーデンではない)、子供の死産が重なり精神的に病み、ついには致死量のアヘンチンキを飲み命を落としています。

夫の十分な愛を得られず失意のうちに命を落とす。これはまさに愛するハムレットが狂人となったと信じ、失意のうちに自ら命を絶ったオフェーリアそのものと言えるでしょう。ここでもまた絵画を通して二人の女性の人生が重なりあっているのです。

 

絵画の楽しみ方

ロセッティという画家の描いた絵を通して、テーマの対象である女性と絵のモデルの女性の悲しい人生が、しかも2組の人生が見えてきました。

絵画の楽しみ方は人によって色々あることでしょう。絵画そのものを楽しむ、絵画に描かれているテーマを味わいながら楽しむ、さらにそれを描いた画家や周辺の人間関係、時代関係を考えながらその背景のストーリーを思い描きながら楽しむ。


いずれの楽しみ方も個人の自由でありましょう。しかし、今回のロセッティに関係した二人のモデル、バーデンとシダルの人生を想うと絵画に纏わりつく悲しくも深い物語につい心が動いてしまうのです。